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今回は趣向を変えて、(一財)土木研究センターの宇多高明氏に、「日本の海岸侵食」(1997年、山海堂)についてお伺いします。
この本を書かれたきっかけは
自分はエンジニアなので、問題を解決することが使命と思っています。長期の海岸侵食は沿岸方向の砂移動により影響を受けることが多いですが、沿岸方向の地形変化について全国の事例を系統立ててまとめた本はそれまでありませんでした。A海岸で起こったことが何年後かに他の海岸で起こりそうな時、A海岸のことを知っていれば、データがまだない段階でもある程度原因を推測できてその後の調査が絞り込め、速やかな対策立案につながります。ですから、失敗例も含めて多くの事例を載せました。
仕事の前提として、出来る限り加工されていないオリジナルなデータ・図面・写真を残そう、というのがありました。昔の写真を今撮ることは出来ないし、昔の地形を今測ることも出来ないので、例えば砂の色や生物の生息状況なども含めて、その時その海岸がどんな状態だったかわかるようにしたかったのです。
そういう、現場のデータを大事にするやりかたは、私が土木研究所に配属されたときに部長をされていた豊島修先生に教わりました。豊島先生は現場で撮った写真には「何を意図して撮ったか」を記入されていました。また普通のカメラの他に接写用のカメラを持って歩き、地元の図書館や役場の倉庫で見た古い図や資料を撮っておられました。それを見ていて、土研で研究していたときもちゃんと現場を見よう、ちゃんと資料を残そうと思ってやっていました。
波浪や漂砂の理論から説明した、いわゆる教科書的な本にされる予定はなかったでしょうか。
教科書的な本を書こうとすると、例えば諸説ある式などは併記しないといけませんが、それだと現場はどれを使っていいかわかりにくいです。それより、現場が侵食対策のたたき台を速やかに決められることを重視しました。例えば、侵食対策を予算規模も含めて考えるには沿岸漂砂量の「つかみ」の値が早い段階で必要なので、この本では地形変化から四則演算で簡単に算出する方法を載せています。精度的には低いですが、弁えて使えば良いのです。
後半の章では、海岸行政の縦割りの問題などにも言及していますが、踏み込んだ理由はなんでしょうか。
法制度の問題は、とにかく問題があることを世の中に向けて言っていかないと気づいてもらえないので、踏み込まざるを得ませんでした。それはエンジニアの仕事ではないという人もいたし、海外の研究者には「それは政治的に解決すべきで、そのための民主主義・議員だ。ロビー活動すべきだ。」と言われました。
本を書いたころまでは、侵食の原因を作った部局を追及するようなことも言いましたが、それでは何も変わりませんでした。海岸は管理者別に法律ではっきり区切られて互いに口を出せないのです。その後は、現実や各主体の事情を知った上で、責任追及でなくお互いが出来ることをやっていくしかないと考えるようになっていきました。例えば、航路浚渫土を沖に捨てずに養浜材に転用してコストを折半するなどですね。
この本を参考に侵食海岸の分析を試みますがなかなか説得力のあるものになりません。分析技術や人に伝える技術の難しさを感じています。
海岸で起こる現象のどこに着目するか、というのは一種独特なセンスがあります。国土交通大学校(国交省の研修施設)の海岸研修で講師もしていますが、良くとれた写真だけを示してあげてもあんまり受講者の頭に残らなくて、研修受けた人が職場に戻って、習ったテクニックを使えるかといったら使えません。現場に一緒に行って撮った写真を私も受講者もパワーポイントにして発表しあって、私の写真と皆さんの写真と何が違うのか、をみんなで考えてフィードバックをかけるようなやり方がいいかもしれません。また自発的にやって、反省して改善して、という「自発性」があることが大事です。上司に言われたから研修に行く、では身につきません。
個人の属性の技術をできる限り一般化して、違う第三者も同じようにやればかなり出来る、というようなものにしていかないといけないと思っています。私も歳をとってきたけれどそういうものに本当は重点を移していかないとならない。例えば、パソコンの操作なんて昔はだれも出来なかったが今はだれでも当たり前にできます。海岸の技術についてもそういうものが何かあるんじゃないか、と思います。難しく言わないで簡単にやれて、「そうか」と納得出来る方法があるのではないか。
海岸侵食をよい方向にもっていくには何が必要でしょうか
これまで、国会議員から地元の海女さんや観光協会の人までいろんな人と話して気づいたのは、多くの人に海岸侵食の現実を理解してもらうには、相手に分かる言葉で言わないと伝わらないということです。それから勉強して訓練しました。平易にしますが技術的にいい加減にはできません。
究極の思いとしては、海岸侵食の改善に向けて賛同者というか、一緒に前に進もうという人を増やすこと。能力とか言わず、関心を持って頂ける人を増やす。それに尽きます。海にまつわる海岸付近の現象を本当にきちんと理解して、生業はさまざまでも、例えば同じ場にいる漁業者のことも分かって、隣で松林をコントロールしている人もいるなかで、それぞれの立場の理解は十分した上で、我々の住んでいる国土が出来るだけ健全であるように。健全とは防護だけではなくて、地引き網をやれるような砂浜の姿に、昔そうだったとするならばそれに近づける、近づくように、けんか腰でなく皆さんと話し合いながらやっていくということではないでしょうか。サハラ砂漠に木を植えよう、という話ではないですが、勝算があるなしではなく、皆が目的に向かって少しずつでも動いていけば、「多くの人に賛同を得る」という面では進歩があるかもしれません。
(なおこの本は版元の解散により購入が難しくなっていますが、続編である「海岸侵食の実態と解決策」(2004)は(一財)土木研究センターよりCD-ROM版で販売されています。また英語で全面的に書き直した「Japan’s Beach Erosion -Reality and Future Measures-」(2010)がWorld Scientific社より出版されています。)
(文責:山田浩次(元国土技術政策総合研究所河川研究部海岸研究室))