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おすすめ書籍第七回

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おすすめ書籍第七回

書籍情報

  • 第7回 2015年6月9日
  • 書名  祈りの海
  • 著者  グレッグ イーガン(山岸 真 訳)
  • 出版年 2000年
  • 出版社 早川書房  
  • 本の紹介者: 柿沼太郎(鹿児島大学)

http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/11337.html

紹介記事

あらゆる生物は,祈りの海 1) で生まれた.祈りの海で生まれたとき,我々には,思考と感覚が与えられた.我々は,自己の思索と感性を駆使して,世界を把握し,世界を構築する.対象,それは,自身かも知れないが,に対峙して,我々は,観察し,測定し,方程式を組み立て,模型を開発し,実験をして,再現を試み,分析し,総合し,機構を考察し,関係を突き止め,推定し,構築し,議論し,対策を講じる.こうして,堅固な意志のもと,我々独自の世界を築き上げる.祈りの海で生まれたとき,我々には,意志なる力が潜在的に授けられた.

 しかしながら,ときとして我々は,自身の無力に打ちのめされる.あの波動 2) が眼前に現れたときのように.あのとき,我々の方程式で,一体何ができたであろう.たとえ,波動の非線形性と分散性を完全に解析する手法を有していたとしても,なすすべは,一つもなかった.それは,復元力に支配されてしまうことのない波動であった.意志を有する,意志を有していると思われる,波動生命体であった.波動生命体は,海の密度界面を縦横無尽にその意志で往来し,我々が築いてきた世界を蹂躙する.我々の方程式に,意志の項など入っていなかった.意志を駆動力として重力を弾き飛ばし,我々が知り得たあらゆる条件を破壊する生命体である.

 意志を持つ波動生命体に破壊される,我々の世界.それは,我々の意志によって築かれてきた,人間という生命体の世界.祈りの海で生まれたとき,我々には,意志が潜在的に授けられた.従って,我々の世界,人間独自の世界が破壊されようとしているそのときにも,我々は,意志を持つ.かつて土木技術者が自然の猛威に立ち向かったとき 3) と同じく,我々は,意志の力を携えている.

 この波動生命体も,祈りの海で生まれたに違いない.♀ や,♂ として生まれたのか.祈りの海で生まれたときに,意志が授けられたのであれば,波動生命体は,独自の世界を築いているのか.国家を築いているのか.社会を築いているのか.個として存在するのか.自己が他己を意識するのか.それらは,我々では,ないのか.

 我々は,祈りの海で,動が生み出されるその静水で,海を思考する.海を感覚する.海の始まりを考える.海の境界を感じる.どこまでも静かな祈りの海で続けられるその思考は,埋め込まれたものなのか.その感覚は,植え付けられたものなのか.その意志は,刻まれたものなのか.我々の祈りは,注がれたものなのか.

周辺情報

1) グレッグ イーガン著・山岸 真訳: 祈りの海, 株式会社早川書房, 2000.   ISBN: 978-4-15011337-7, ISBN-10: 4-15011337-8

  この本は,11編の SF を収録する短編集で,表題作の「祈りの海」は,最終話です.表題作の初出は,Greg Egan: Oceanic, Asimov’s Science Fiction, Dell Magazines, 1998. です.

2) 梅原克文: ソリトンの悪魔(上), 株式会社双葉社, 2010.   ISBN: 978-4-57565883-5

  梅原克文: ソリトンの悪魔(下), 株式会社双葉社, 2010.   ISBN: 978-4-57565884-2

  上・下巻にわたる長編ですが,ローラーコースター海洋アクションと呼べるでしょう.初出は,梅原克文: ソリトンの悪魔(上・下), 株式会社朝日ソノラマ, 1995. です.

3) さいとう・たかを・綾羅木恭一郎脚本協力: 誰がそれを成し得たのか, ゴルゴ13, 第490話, ビッグコミック, 株式会社小学館, 2009.

  この物語は,土木学会ならぬ土木工学会の会長の講演から始まります.なお,本作品は,株式会社小学館発行のコミック誌等に掲載されており,株式会社リイド社のコミックスでは,発刊されていません(2015年6月8日現在).