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おすすめ書籍第四回

書籍情報

  • 第4回 2014年7月
  • 書名  いまさら流体力学?
  • 著者  木田重雄
  • 出版年 1994年
  • 出版社 丸善出版(株),210p.,ISBN978-4-621-03964-9.
  • 本の紹介者:小竹康夫(東洋建設(株))

http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/book_data/search/4621039644.html

紹介記事

「民間からも是非」との殺し文句にお引き受けしたものの,執筆の参考にするためにとこれまでの連載を読んでみて,後悔しきり.前回までにおすすめされている3冊のうち1冊をつい購入したものの,自分には先生方の様にうまくその気にさせる文章を書ける訳もない.やはり読者でいる方が気が楽だなどと独り言を言ってみても後の祭り.引き受けたからには,最近読み直す機会の多かった書籍をおすすめさせてもらいます.

その書籍とは,丸善から『パリティブックス』の名称でシリーズ出版されているうちの「いまさら流体力学?」です.巻末の解説によると『パリティブックス』とは日本発刊の物理科学雑誌「パリティ」に掲載された内容を精選・再編集したものとのこと.海岸工学の基礎である流体力学を,物理科学雑誌の緻密さを保ちつつ,読み物風に解説してくれる書籍です.

研究分野が高度化,細分化される最近において,基本に目を向ける機会が少なくなったと感じる読者の方も多いのではないでしょうか?民間に籍を置く身としては,『実務に近い立場で研究成果を応用し,技術開発に結び付けるべく日々努力を続けている』ことを言い訳に,結果の活用にばかり目が行って,基礎がおろそかになっている場合がないとは言い切れません.ワープロの変換機能ばかり使っていると,覚えていたはずの漢字が書けなくなるのと同じで,授業で習ったはずの流体力学の知識もつい忘れがちになってしまうことがあります.そんな時に目にしたのがこの「いまさら流体力学?」です.

書店で手に取りパラパラめくると,見やすい挿絵や写真がたくさん使われている様子に,これなら読みやすいとばかりに購入しました.

さて読み始めてみると,書店で目にしていたのは「第1章 流れを表す」「第2章 渦は長生き」といった専門用語の解説部分.ここではまだ数式は必要なく,挿し絵や写真が目に付くのも当たり前です.ただし学生時代との大きな違いは,定期試験を気にする必要がないことです.学生の頃,板書された模式図を必死にノートに書き写した記憶を甦らせながら,その後に得た知識も加わって,第一関門はクリアといった感じで読み終えることができます.

「第3章 浴槽に水を張る」では冒頭から中学の入試問題にトライすることになります.恐らく,試験問題を例題に,中学入試では求めない様な考察を深めるに違いないとひねくれた確信を持ちながらページをめくると,予想に違わずいよいよ数式の登場です.しかし,数式の導出過程はザックリとした解説文で,結論が簡潔に記されるのみ.気になる数式はそれこそ授業で使用したテキストを本棚の片隅から引っ張り出してきて見直せば良い程度の気楽さで読み進めることができました.さて冒頭の中学入試はというと,水道からの注水量と排水溝からの排水量をもとに,浴槽が満水になるまでの時間を求める問題です,入試問題としては,浴槽の容量を注排水量の差で割って時間を求めれば完了ですが,ここでは水位を関数としてベルヌーイの定理の導入を図ります.

「第4章 カルマンの渦」は,題名からしてひょっとして難しい?と思ったのもつかの間,やはり気楽に読み流せる文章ながら,「レイノルズ数」や「ストローハル数」といった専門用語もしっかりと登場します.それ以降も同じようなペースで文章は続き,「第5章 ゆで玉子となま玉子」,「第6章 どっちへ曲がる」,「第7章 台風は左巻き」,「第8章 スピンダウン」といった具合に,専門的なのか専門的でないのか分からない様な章題が続きます.ただし,読者のみなさんであれば,題名から大よその内容が推測できるのではないでしょうか?

そしていよいよ「第9章 形を変えない波」で海岸工学分野に入ります.ここではベルヌーイの式から浅海波,深海波,有限振幅波,表面張力波などの数式が次々と登場します.ただし導出過程はザックリとした解説文のスタイルは変わらず.それでもさすがにこのあたりは普段から見慣れている数式だけあって,テキストを引っ張り出す必要もなく読み進めることができました.さてこの章の終りはソリトン波.東日本大震災以降,津波を議論する際には参考になりました.

波の話題は「第10章 船がつくる波」にも続きます.ここでは,波動理論の基礎である正弦波から波の干渉,波の合成から群速度の導入といった具合に議論が進み,最後は一気に航跡波まで理論が展開されます.

この後は「第11章 パターンが変わる」,「第12章 乱れに隠れた構造」で安定性や乱流について,前半に比べるとやや難しい話題を紹介してこの書籍は締めくくられます.

全体的に読み物風にアレンジしながらも,要所要所で数式を駆使し,この書籍だけでは式展開まで十分に理解することはできませんが,少しでも授業で聞きかじった記憶と,当時のテキストさえあれば,記憶を頼りに理論を見直すことができる,そんな“いまさら”の学習に適した書籍の1冊です.