http://www.tsukiji-shokan.co.jp/mokuroku/ISBN978-4-8067-1425-5.html
このコーナーに私の拙文が掲載される頃には、定年直前を迎えているかもしれませんが、私の賞味期限が切れる前に執筆の機会を頂きありがとうございます。海岸工学の主要な分野の1つに漂砂があります。私自身が漂砂現象に関心を抱いたのが、40 年以上前の学生時代に非常勤講師の堀川先生の海岸工学の講義を受け、その講義の中で海浜地形と波動場を連動させた研究のお話を聞き、その時のキーワードとして漂砂を知りました。このコーナーでも漂砂や海浜に関わる良書が紹介されていますが、今回、紹介させていただきます本は、そのままズバリ「砂」にまつわる話です。
漂砂をどのような時空間スケールで眺めるかは、対象とする研究内容に依存しますが、近年は計算機の向上や画像解析により「砂」を粒として扱えることも可能となり、たまたま目に留まったのが本書であり、「砂」を海岸工学のみならず様々な角度から取りあげて、砂の魅力が伝わる本です。
第1章では、個々の砂つぶ誕生からから始まり、つぶそのものをミクロスケールで眺め、物理化学的、地質学的、文化的な側面から粒が紹介されている。砂は0.0625~2.0mmの大きさであり、地球上の砂つぶの70%は石英でできており、岩石の風化等により誕生している。また、生物を由来とする有孔虫による砂つぶもあり「星砂」はその代表である。砂つぶには個々の表情があり、科学捜査にも用いられている。例えば、戦時中の風船爆弾の錘に使われていた砂袋の砂が、日本東部の海岸の砂浜の組成と同じであることが判明し、米軍により空爆されている。
第2章では、砂つぶが集合体となった時の性質や特徴が写真も混じて解説されている。海岸工学でも有名なBagnoldの名前が出ており「砂山」の移動の仕組みが易しく説明されている。濡れている「砂」つぶが、何故くっつき易いのかが豊かな言葉でまとめられ、また、大きさの異なる砂つぶが混在した時の「ブラジルナッツ現象」や「逆ブラジルナッツ現象」の事例も解りやすく説明されている。
第3章では、砂つぶの数は膨大であるとその数の大きさから連想される時間を交えての逸話が複数紹介されている。
第4章では、岩石から誕生した砂つぶが、川の侵食、運搬、堆積と義務教育の理科の時間に学んだ過程によって流路を旅し、河口までたどり着くまでに様々な出来事に遭遇することを科学的、工学的にイメージし易く解説している。
第5章では、河口にたどり着いた砂つぶが波、潮流、ハリケーンに翻弄されながら地形が形成され変化する様を海岸工学ではなじみ深い言葉を交えて、砂つぶの一生が解りやすく説明されている。
第6章では、砂漠の「飛砂」の話題であり、Bagnoldによる有名な”saltation”の図もあり、安部公房の「砂の女」の話題や“singing sand”、”booming sand”とも呼ばれる“鳴き砂”に纏わる文化的・芸術的側面からの説明もされている。
第7章では、 砂つぶの一生は限りなく長いため 、堆積して過去の様々な痕跡を残す地形、地球の年齢、川の氾濫、津波の親玉から恐竜消滅、太古の潮汐作用など、悠久の時間スケールでの砂の役割を地質学者が読み解いている。
第8章では、「砂」に纏わる文化的な側面として、描かれる絵、文字を書き、占いなどとしての歴史があり、道具として伝統芸術にも使われていることが紹介されている。
第9章は、砂が我々の日常生活にどのように関わっているかが解説されている。海岸工学ではおなじみの消波ブロックに代表される構造物には多量の砂が使用されおり、我々が気に留めていない所でも使われている事に気づかされる。「砂 sand」の言葉は地名、食べ物、動物、植物、人にも使われている。筆者の熊本市内にも「砂取」の地名がある。
第10章では、太陽系の惑星の砂の視点から地球の未来を予測している。火星と金星の間に位置する生命を育める環境の地球が温暖化によって受ける影響を砂つぶの視点から述べられている。
「砂」のキーワードから様々な側面に対して興味深い話が次々と展開され、飽きの来ない内容となっており、この手の本は日本では見かけません。本書を読み終えましたら、私が仕事の息抜きでよく眺める本(図鑑)、「世界の砂図鑑」*も併せてお薦めします。
*世界の砂図鑑 著者:須藤定久 出版社:誠文堂新光社 ISBN:978-4-416-11436-0