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おすすめ書籍第二十回

おすすめ書籍第二十回

  • 2021年1月22日
  • 本の紹介者:喜岡 渉(名古屋工業大学名誉教授)

書籍情報

  • 書名   天橋立物語-その文化と歴史と保全-
  • 著者   岩垣雄一
  • 出版社  技報堂出版
  • 出版年  2007年
  • 図書番号 978-4-7655-1721-8

https://gihodobooks.sslserve.jp/book/1721-8.html

紹介記事

 

 1月9日放映のNHKブラタモリ「天橋立~なぜ人々は天橋立を目指す?」を見た。この番組が得意とする地形学・歴史地理学的な解釈が今回も要所に盛り込まれており、古代の丹後の国の国分寺や重要な港(溝尻地区)があった北側から、天橋立の砂州(海岸工学上は砂嘴)が南に延びるとともに、町の中心も南側に遷って行った様子を説得力のある映像で見せていた。雪舟の天橋立図には推定上の国分寺がちゃんと描かれていること、天橋立神社の鳥居をくぐる参道は海に向かっており大正時代に橋をかけて南から歩いて渡れるようになるまでは海からのルートが正式であったこと、雪舟が描いた天橋立は短く(水墨画は心景図でありディフォルメされている可能性もある)それ以降、江戸時代後期にかけて300m南へ伸長したこと、など納得のいく解説であった。

 「天橋立物語」には、雪舟の天橋立図のほか、狩野探幽の天橋立丹後図画冊、貝原益軒が著したとされる丹後与謝海天橋立之図、三代広重の丹後天のはし立の図を用いて、天橋立の大天橋が対岸の文殊地区にいつ頃、到達したかを推定した結果が述べられている。雪舟の天橋立図に描かれている冠島と沓島は外海の与謝海にあり、本来ならば内海の阿蘇海周辺を描いた構図には入らないことから、天橋立と籠宮と(籠宮の海の奥宮とされる)冠島・沓島は信仰的民俗的に一体となって中心に位置づけられたとする視点は、常に外海にも注意を払う海岸工学に通じる。この雪舟の話が登場するのは第9章の最後である。天橋立の発芽と砂嘴の成長の始まりとされる縄文後期から弥生時代(紀元0年頃)、古墳時代(紀元500年頃)を経て、飛鳥時代・奈良時代から和泉式部の平安時代(紀元1000年頃)へ、鎌倉時代を経て雪舟の室町時代(紀元1500年)、そして現代の天橋立(紀元2000年頃)とほぼ500年ごとの出来事を中心に、天橋立にまつわる近畿圏に及ぶかなり広範囲の歴史をオイラー的に記述したものが大半を占める。

 副題の「その文化と歴史と保全」のうち、「保全」を中心に書かれたものは第10章のみで、第1章~第9章は「文化と歴史」、とりわけ丹後の国や古代~中世の大和、京都の文化と歴史にあてられている。各時代、とくに神々の時代、古墳時代の物語は、大学入試に世界史を選択した紹介者には大変読みづらいと著者に申し上げたことがあるが、そういう個所は飛ばして読んでいただきたいと「はじめに」書いてあると言われた。しかし、全部飛ばすと、神々の時代の出雲神話圏での「因幡の白兎」にかかわる速水博士の新解釈「白兎は海岸、わに鮫は荒波を意味し、白兎がわに鮫に皮を剥がれるというのは海岸侵食を意味する。蒲の穂の花粉は今でいう突堤のことである。」を読み逃すことになるし、古墳時代の水運における砂州のかかわり(ヤマト王権は、河内湖から大阪湾に出ていく船の航行を考えて、長柄砂州の切断を考えたとするくだり)などの地理歴史まで読み飛ばしてしまう。文化と歴史の記述に注いだ熱量は、すべてが海岸景勝地である日本三景にあって、天橋立は景観美に加えて人々の抱く神秘性が大きな魅力になっており、この神秘性は海岸工学だけでは解き明かせないという著者の思いによる。海岸工学をベースにした文明土木への専門的案内書として、ご一読を薦めます。

 おすすめ書籍の企画趣旨を読む前は、これまで何度も読み返し、最も影響を受けた本として「Encyclopedia of Physics, Springer 1955-1961」を紹介しようと考えていた。全63巻あり、そのうちの第9巻「Fluid Dynamics III, 1960」には、基礎理論として知りたいことのすべてが書かれていた。欧米の専門書によく見られる冗長さは一切なく息もつけないが、読み込む価値があった。特に「Surface Waves, Chaps. A~G」は、著者のJ.V. WehausenとE.V. Laitone(それぞれUC Berkeleyの造船と機械の教授)両先生の講義を紹介者が専攻したOcean Engineeringのコア科目としてとったこともあり、真剣に読んだ。学位論文のdraftをProf. Wehausenに見せた際、グリーン関数(Green function)のことをグリーンの関数(Green’s function)と書いた論文が参考論文リストに入っている、削除しなさいという指示を受けた。まだ読み込み方が足りないと言われたように感じた。