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今回は,風波研究の大家である光易 恒先生におすすめ書籍のコラムの執筆して頂きました.光易型方向スペクトルを始めとして,教科書でよく目にする様々な成果を挙げられていることは皆さんご存知のとおりです. 当初は1冊とのことでしたが,なんと3冊分のコラムをまとめていただきました.
この図書は、私が九州大学から広島工業大学に移って、教養課程の学生に、科学技術史の講義を行った際に用いたものである。科学技術史は、私にとっては専門外であるうえ、一般の読み物としてもそれまでこの種の本を本格的に読んだことがなかった。 このような私が、講義をしている間に、この本が非常に面白くなり、この本の内容に関連して様々な興味が湧いた。例えば、我々の文化における文字の役割や数学の役割、現代文明に大きな影響を及ぼしているギリシャ文明、西ヨーロッパ系の人たちの考え方の根底にあるもの育てた要因等々。このような面白さを少しでも多くの方に味わって頂きたいとの思いに駆られ、ここにおすすめ書籍として取り上げた。 最初に、この本を教科書として用いた動機は、この本が人類の文化の流れの中における科学技術の発展と役割と言う視点から書かれており、その特徴が巧みに生かされていること、記述が非常に客観的でバランスがとれていること、それに何よりも内容が面白いことであった。 さて、この本の内容は、1.プロローグ:1.1ひとの特性、1.2科学と技術、1.3最初の3大発明などに続き、2.パピルスと石の文化(エジプト)、3.粘土の文化(メソポタミア)、4.科学精神の誕生(ギリシャ)、5.ムセイオンをめぐって(ヘレニズム時代)と歴史的順を追って進み、最後の16.放射能、量子論、相対性原理(20世紀前半)で終わっている。
例えば1で、人類の最初の3大発明は、発火術、道具、文字と述べてあるが、紀元前3000年以上昔のエジプト文明が、文字があった為にかなりはっきりしているのに対し、日本の古代文明が紀元200年代末期に書かれた中国の歴史書(魏志偉人伝)や700年代に書かれた日本書紀などに頼らざるを得ない点を考えると、文字の偉大な役割を痛感する。さらに、なぜ文字が考えられた文化とそうでない、あるいは文字が非常に遅れた文化があるのか、という疑問も生じた。 この他、非常に興味を覚えたのは、4のギリシャ時代(科学精神の誕生)で、紀元前600年ごろにタレスが万物の根源を考えた事である。根源として水を考えたのでその見当違いのみが目立っているが、万物の根源を考えること自体が極めて優れた科学的発想である。さらに、その約200年後、デモクリトスがこの考えを発展させて、万物の根源として原子を考え、世界は無数の原子とそれが運動する空間として真空とから成り立っていると考えた事にも感心する。実験的裏付けが全くなく、単なる概念として発想であるが、この様なモデルを考える発想自体に驚嘆する。医学の面においては、近代医学の基礎ともなる実に合理的な考えを述べたヒポクラテス(前460年-375年頃)、数学においては、ピタゴラスの定理の発見その他数多くの発見を行ったピタゴラス(前約570-479年頃)等がいる。ピタゴラスは、数学上の多くの発見を行ったが、数の計算は商人の術として軽蔑したということは興味深い。すなわち、西ヨーロッパの人達には、技術に比べ科学を重んずる伝統があるように思えるが、その根源はギリシャ文明に既にあるようだ。
また、5のヘレニズムの時代に、アレキサンドリアに巨大な図書館兼研究拠点ムセイオンが建設された事も驚きであったが、地球が球形だと考えて、単純な方法で地球の周囲の長さを4万キロ弱と求めた図書館長エラトステネス(前約273-192年頃)の仕事には驚いた。この方法はクイズとしてお考え頂くと面白いし、当時の測量技術の精度を考えると、エラトステネスが求めた値は現代の値にあまりに近過ぎるような気がしないでもない。 暗黒の時代と考えがちな中世7、8、9(約500年-1400年頃)に、聖職者の中に優れた科学者がいたこと、ヨーロッパの著名な大学がこの時代の末期に生まれた事なども興味深い。このような事例を挙げてゆくときりがないが、ともかく読んでいてわくわくするような興味を与え、多く連想、発想、疑問などが生まれる優れた本としてお薦めしたい。
最後に、この本の1.プロローグに関連した人類の誕生や進化に関しては、最近数多くの図書が出版されていることを付け加えたい:
さらにもう一つ、科学技術史に関連して、海岸工学の分野で活躍し、最近亡くなられた合田良實博士が、大著、土木と文明(鹿島出版会、1996)を出版されていることを付け加える。
この本も、広島工業大学の教養課程で、私が地球物理学の講義に用いた本である。地球物理学は、我々が住む地球に関する物理現象のすべてを対象とし、大気、海洋、固体地球、地震、火山、地球電磁気など、その範囲は極めて広い。
これら全体に関する概論的な講義を行うのも、一つの方法だが、私は分野を限定し、自然現象を解きほぐし理解して行く際に必要な、物理的な考え方や手法を学ぶ事に講義の重点を置く事にした。そして、我々の生活に身近な自然現象として気象を取り上げ、その講義に用いた本が、ここに紹介する小倉義光著 「一般気象学」である。この本は、気象学の名著として定評があり、長年増刷を繰り返した後、1999年に初版後の気象学における進歩を取り入れて第2版が出版されている。
この本の特徴は、難しい数学を極力使わないで、この地球上に生ずる様々な気象現象の性質や発生機構を、正確さを失う事なく詳しく述べている点である。これは、言うは易く行うは難いことである。そのためには、まず著者自身が、現象の本質を充分に理解した上で、それを明快な文章で分かり易く表現する必要がある。しかも分かりやすく表現するためには、教育の経験を必要とする。これらの条件をすべて備えた図書の好例がこの本で、まさに名著と呼ばれる所以である。
さて、この本の内容であるが、太陽系の第3惑星としての地球、その快適な環境の基礎となる大気や海洋の起源などを論じた1.太陽系の中の地球、紫外線を防ぐオゾン層や電波の伝搬に密接な関係のある電離層などを論じた2.大気の鉛直構造、気象現象を引き起こす基礎となる3.大気の熱力学、身近な雨、雪、霧、などの発生の基礎となる4.降水過程、地球上の温度を支配し温室効果にも関連の深い5.大気における放射、ニュウトン力学により大気の基本的運動を論じた6.大気の運動、気象の数値予報の一つの基礎となる7.大規模な大気の運動、災害の原因となる雷雨、竜巻、台風などの生成を論じた8.中・小規模な大気の運動、ジェット機の成層圏飛行やオゾン層の変動に関連した9.成層圏と中間圏内の大規模な運動、現在問題となっている地球温暖化などの背景にある基本的現象を論じた10.気候の変動などで、気象現象の重要な項目をほとんど網羅している。
これだけの内容を、単なるお話ではなく、物理学や化学の基礎をもとに、出来るだけ正確に、しかも平易に論じたこの図書は、気象現象に対する的確な基礎知識を得るのみならず、集中豪雨、台風、地球温暖化など、現在問題となっている気象現象の基本的理解のためにも極めて有用な図書としてお薦めする。
個人的な事を付け加えると、物理学科出身の私は、これまで気象学を体系的に学んだ事がなかった。したがって、気象学に関しこの本から非常に多くの基礎的な事を学んだ。さらに、自然現象を、正確さを失うことなく、平易に説明する事の重要性とその手法についてもこの本から多くの事を学んだ。
大著の紹介が二つも続いたので、少し気楽に読める本を紹介する。自分の図書をお薦めするのは、なんとなくルール違反のような気がするが、美しい波の写真に目を楽しませながら、海の波の基礎的な性質について知り、さらに様々な連想などを楽しんで頂きたいと思ってこの本を取り上げた。
海洋波(海洋の表面波)は、海上を吹く風によって発生し、風から効率よくエネルギーを吸収して発達した水面波で、風波とも呼ばれる。十分に発達した波は風が止んでもなかなか減衰せず、うねりとして伝播し、南氷洋で発生した波が太平洋を横断しアラスカ海岸に達した例もある。しかし海洋波は、最後には海岸に到達して砕波を続け、そのエネルギーを失い消滅する。この過程は、我々の一生、すなわち、誕生、成長、衰退、消滅の過程に極めてよく対応している。
また、海洋波は自然現象としては美しいが、一方では、船舶の破壊や転覆、海岸構造物の破壊、海岸決壊、漂砂などを引き起こし、自然災害を起こす重要な外力としての側面もある。
この本は、私たちの研究室で海洋波の研究(外洋での波浪観測、室内での水槽実験)を行った際に撮影した、数10年間にわたる膨大な波の写真の中から典型的なものを選んで、上記の波の一生に従って配列し、それぞれの波にまつわる話を書き加えたものである。岩波科学ライブラリーの中の1冊として出版され、本のスタイルとしては、左ページに波の写真、右ページにその波にまつわる話や簡単な議論が述べてある。したがって、様々な発達段階に応じて多様に変化する波の姿を眺めながら、色々な発見や想像を楽しむ事が出来る。さらに、波の性質や内部機構に関する新しいアイディアなどが浮かんでくれば最高である。
なお、この本の英語版Looking Closely at Ocean Wavesが TERRAPUB Tokyoから2009に出版されている。英語版の内容は、日本語版とほとんど同じだが、大判の冊子で写真が大きく、一種の写真集を兼ね備えている。