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おすすめ書籍第三回

おすすめ書籍第三回

書籍情報

  • 第3回 2014年6月
  • 書名  渚と科学者
  • 著者  J.S.トレフィル(山越幸江 訳)
  • 出版年 1987年
  • 出版社 地人選書,304p.,ISBN4-8052-0251-3.
  • 本の紹介者:重松孝昌(大阪市立大学)

http://www.chijinshokan.co.jp/Books/ISBN4-8052-0251-3.htm

紹介記事

この本が企画にふさわしい書籍なのか,答えを出しかねているうちに,原稿の期日はあっという間に過ぎてしまった.今も,疑問には思っているが,しかし,読んでいただきたい書の一つに,是非,挙げておきたいという想いを押さえることができずに,本書を紹介することとした.

原著は,『A SCIENTIST AT THE SEASHORE』という書名であることからわかるように,決して工学を扱った書ではない.もとより,海岸工学を真っ正面から取り上げた内容ではない.確かに,「第1章 水を考える」は,「海岸の波打ち際に立って,あたりを見回してみよう.」という文で始まっているが,第2段落以降は,太陽系と海洋を結びつけて語られるという,とてつもないスケール感で論が繰り広げられていく.「第2章 塩辛い海」では,海水中に含まれる塩の起源を考究し,数千万年から数十億年という時間スケールの議論を,プレート・テクトニクスの学説とともに展開している.かと思えば,「第3章 潮汐」では,おなじみの太陽と月と地球の位置関係で説明される海水面の変動を,パン焼き皿にたたえた水の動きで説明を試みている.「第4章 惑星Xの探索」では,干満の水位差から月の質量を求めて見せている.物理学者ならではの視点と感心させられる.「第5章 月の裏側」も興味深い内容が記されている.地球上の私たちが見ている月面はいつも同じである.このことは,月の一自転に要する時間が,月が地球を一周する時間とまったく等しい時間で行われることを意味するが,このようなことはまったくの偶然であろうか,と問題提起している.そして,「自然作用に偶然などはあり得ない.この驚くべき一致には,何らかの理由があるはずである.」として論を展開してゆくのである.「何故そうならなければならないのか,を考えよ」という恩師の弁が思い起こされる.

このコラムを読んでいる人のなかには,波に関わるさまざまな現象に大いなる興味・関心を寄せている人が少なからずいるのではないかと思うが,「第6章 波を造る」,「第7章 磯波」,「第9章 波の形」では,波についての論が展開されている.これらの章は,海岸工学でお馴染みの話題ではあるが,実にさまざまな角度から多様な波について論じているところに,本書の魅力がある.「第8章 泡沫」では,浜辺で見られる泡について,その発生メカニズム,泡が自然界で果たす役割などから原子核まで論が展開されている.「ビールの泡について研究がしたい」などと言っていたビール好きの学生の顔を思い浮かべながら読んだというのは余談である.

「第10章 アン女王のプディング」は,特大プラムプディングに纏わる伝統話で始まる.この導入部からはとても想像できないが,この章の題材は,砂である.海岸を構成する砂粒の起源について触れ,アルプス渓谷から浜辺までの砂粒の歴史に想いを馳せた後に,水中における砂の挙動について論を展開するとともに,海岸における主要な課題,すなわち,侵食(本書では,”浸食”と記載されている)という問題提起がなされている.この章を受けて,「第11章 海岸と野球と」,「第12章 砂の城」では,水中の砂粒を対象としたと物理学が展開されている.「第13章 帆船と骨組みと」,「第14章 弾む小石」は,ヨットや水面を飛び渡る小石を題材とした力学の基礎が綴られている.

このように,本書は,『海岸工学とは,どういうものか?』という問に答えるに足る書籍なのか疑わしい.『海岸工学に悩める読者に対するアドバイス』という要求にも,馴染まないかもしれない.しかし,本書には,さまざまな角度からさまざまなスケールで現象を見つめ続けたうえで多様な知識を結びつけて思考する姿勢や,現象を定量化することによってその意義を明確にする姿勢など,科学者や工学者に求められる姿勢が溢れんばかりに記されている.著者は,「はじめに」で次のように綴っている.

(略)この世のすべての現象がわずか数個の自然則から成り立っているとするならば,外見は違った数多くの現象も互いに関連づけられるはずだ,ということである.実際,物理学者の目に映る世界は,相互に連結し合った巨大な蜘蛛の巣の網のようなものである.私たちの感覚に直ちに触れられるものから出発し,その糸を手繰っていくうちに網はしだいに縮められ,ついにはどの糸も前述のような大きな物理的原理の一つに行き着くであろう.

確かに,もはや,海岸工学は物理学だけで語れる学問ではない.しかし,上記の弁は物理学だけに適用されるものでもないであろう.知るということは蜘蛛の糸を手にすることであり,真に理解するということは蜘蛛の糸をたぐる力を得るということなのかもしれない.一つでも多くの蜘蛛の糸を手にし,その手繰り方を身につけ,そして,それを後世に伝えていただきたいという想いを記して,本書籍の紹介としたい.