海岸工学や波に関わる書籍紹介が多い中で,幾分マニアックな境界層に関する図書を取り上げた.この分野の古典的名著であり,現在は9th Editionを数えている.私の書棚には二つのeditionが並んでいて,古い方の2nd Editionには値段が書かれておらず,また,一般的な洋書に比べて一回り小ぶりである.製本の質も通常の書籍に比べて劣っている.博士課程時代,波・流れ共存場乱流境界層の研究に取り組んでいたころに購入した,いわゆる海賊版である.現在,当然のことながら海賊版の購入は許されないが,あの頃は定期的に業者が研究室に来ていたようで,貧乏学生でも手が届く価格であったと記憶している.1980年代を境に海賊版洋書の販売は消えていったと言われているが,海外の図書が高価であった時代に我が国の科学技術の発展に一定の役割を果たしたことも事実なのだろう.
私の博士課程当時,海浜変形モデルの精緻化,特に局所漂砂量の評価の必要性から世界の研究者が競うように波・流れ底面境界層理論の研究を実施していた.書評者の他にも,マサチューセッツ工科大学Madsen, デンマーク工科大学Fredsøe, 同Jonsson, ノルウェー科学技術大学Myrhaug,ケンブリッジ大学Sleath,ウォーリングフォード水理研究所Soulsby,グルノーブル大学Tempervilleなどである.特に,ヨーロッパ域内では共同研究プロジェクトMAST(Marine Science and Technology)を組織して各国の研究者がこのテーマに取り組んでいた.河川流砂の分野ではEinstein式,MPM式,土研公式がほぼ同時期に提案されたことが知られており,波・流れ境界層理論についても,当時の時代の流れが求める方向性であったのだろう.
波・流れ共存場乱流境界層理論は複素ベッセル・複素ノイマン関数で表現されることが多く,書評者の解もそうであった.当時指導教官の首藤教授から「現場の技術者でも使える摩擦係数式を」との助言を受け,最終的に初等関数での近似式を提案することが出来た.その後,提案した近似式はケンブリッジ大学のSleathによる“Sea Bed Mechanics” (Wiley, 1984)に引用され,摩擦係数fcwに関して次のような説明が施されている.文中の”laborious“の単語がとても印象に残る記述であった.
The various theoretical models mentioned in Section 2.10 may also be used to predict fcw. This is usually a very laborious process because many of the solutions involve Bessel functions. An example how this may be done is given by Tanaka and Shuto (1981), who also suggest the following approximate expression, valid for …(以下略)…
後年,視察・共同研究の目的でデンマーク工科大学Fredsøe教授,Sumer教授の研究室に滞在した.その折,Danish Hydraulic Institute (DHI)を訪問する機会を得たが,当所の一人の研究者がFredsøe・Deigaardの共著による”Mechanics of Coastal Sediment Transport” (World Scientific,1992)を「バイブル」と呼んでいたことが今でも耳に残っている.
ここ数年,書評者は長波の下での底面境界層の研究(例えば,Study on boundary layer development and bottom shear stress beneath a tsunami: Coastal Engineering Journal: Vol 61, No 4 )に取り組んでおり,“Boundary-Layer Theory”を手に取って読み返すことが度々ある.私にとって,繰り返し帰って行くまさにバイブルである.