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おすすめ書籍第一七回

おすすめ書籍第一七回

書籍情報

  • 第17回 2020年9月1日
  • 書名  Chaotic Vibrations: An Introduction for Applied Scientists and Engineers
  • 著者  Francis C. Moon
  • 出版年 1987
  • 出版社 WILEY,p.309.
  • 本の紹介者:青木伸一(大阪大学)

https://www.wiley.com/en-us/Chaotic+Vibrations%3A+An+Introduction+for+Applied+Scientists+and+Engineers-p-9783527602841

紹介記事

 このコーナーへの寄稿を依頼され,あと2年余りで退職を迎えることもあって,少しノスタルジックに,大学に置いてある本のうちどの本を家の書棚に置いておきたいかなと本棚を眺めたとき,今回推薦する本が,若い頃に海外で過ごした思い出とともに浮かび上がって来ました.その本は,MoonのChaotic Vibrationsという1987年出版の少し古い英語の本です.まだAmazonで購入できるようです.

 もう30年も前になりますが,1991年から1年間カナダ・バンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学のProf. Isaacsonの研究室に滞在しました.その当時,係留浮体の動揺問題に取り組んでいた私は,不規則波の非線形性に起因する長周期の波力によって生じる長周期動揺,および非線形な係留系の応答として生じる長周期動揺の両方に関心があり,それらが混在する系での浮体の動的応答について,海外滞在期間中に何か新しいことに取り組んでみたいと思っていました.

 当時はまだインターネットもe-mailもない時代で,滞在中に日本から仕事が回ってくることは全くなく,長いのか短いのかさえもわからない1年間のまっ白な時間をどう使おうかと思っていました.やりたい研究テーマについては,Hydro Labのゼミなどで話をしていたのですが,あるとき一人の先生が「いまChaosというのが話題になっていて,あなたのやりたいことにも関係しているかもしれないよ」と声をかけてくれました.恥ずかしながら,Chaos(ケイオス)というと,アメリカンコメディ「それゆけスマート(Get Smart)」に出てくる秘密結社の名前(これはKAOSでしたが)くらいしか思い浮かばなかった私にとってカオス理論は馴染みのないものでしたが,確かに大学のブックストアには,”Chaos”というタイトルの本1)が山積みになっていて,大きな関心を集めていることがわかりました.この本は,後に和訳されて文庫本2)にもなった本で,科学読み物としては大変面白いのですが,内容を深く知りたいという目的で読むには少ししんどいものでした.

 Chaos (Chaotic Response)とは,簡単に言うと,決定論的な系(非線形系)に生じる予測不能な応答のことで,その初期値依存性や,予測不能だけれども答えは全くランダムではなく,Strange Attractorと呼ばれる不思議な形(フラクタル)の解の集合が得られるなど,大変興味深いものでした.特に,係留浮体の動揺予測をテーマに学位論文をまとめたところだった私にとって,非線形な振動系の応答が本質的に予測できないものであるという理論は,自分の研究そのものを否定されたようで,大変衝撃を受けました.そして,これを勉強して自分の研究である非線形係留浮体の動的応答問題に使えないかと考えるようになりました.そこで,ブックストアでいろいろ探して発見したのが,今回推薦するMoonの本でした.本のテーマがそもそも振動問題なので,私の研究テーマにも近く,具体的な例を取り上げて簡単な数式を用いて説明してくれていることも,理解の助けになりました.今もあまり変わりませんが,英語の本を読むのは時間がかかるため,300ページ近い本を読むのには抵抗がありましたが,読み進めるにつれどんどん惹きこまれていき,ついに最後まで読み切ることができました.この本を読んだのをきっかけに,関連する洋書3), 4)を何冊か続けて読みましたが,洋書を読み込むことで英語の力が向上したように感じたのを覚えています.なにしろ,朝大学に行ったら帰るまで誰にも邪魔されることなく読むことができたのですから,今では考えられない貴重な時間でした.

 ある程度理論や手法が理解できたころには,残された滞在時間も短くなっていたのですが,自分もStrange AttractorやBifurcation Diagramとやらを描いてみたくなり,非線形係留された簡単な浮体の振動をパソコンで解いてみることにしました.そのために,当時40万円ほどしたMacintosh Classicを買い,Quick Basicでプログラムを書くというマニアックな方法で計算をはじめました.Macの小さな白黒画面にAttractorのフラクタル模様がゆっくり描かれていく様子に興奮しながら,計算の遅さは寝る時間を犠牲にして,なんとか研究レポートをまとめることができました.その成果は海講の論文5)としても発表したので,ご笑覧いただければ幸いですが,浮体動揺の予測が難しいことを学会で発表するのは多少抵抗もありました.

 帰国したら浮体以外にも構造物のChaotic Responseの研究をやってみようと思って意気込んで帰ってきたのですが,翌年には豊橋技術科学大学に異動することになりました.教員一人の研究室で多くの学生を指導するようになると,自分の興味だけで研究テーマを決めることも難しくなり,また,地域の海岸の問題を知るにつれ,狭い分野の研究だけやっていたのではダメだなと思うようになり,そのうちカオスからは離れてしまいました.帰国当時のまま研究を進めていたらどんな研究者生活を送っていただろうと思わなくもありませんが,おそらく,大した成果も上げられず,Chaoticな人生になっていたような気がします.当時買って読めていないカオス関連の本は,自宅の書棚に置いておいて,退職後に当時を思い出しながら読んでみたいと思っています.

 せっかく本の推薦という貴重な機会をいただいたにも関わらず,長い思い出話になってしまいましたことを,どうぞご容赦ください.

参考文献

1) James Gleick: Chaos – Making a New Science –, Penguin Books, 1987.

2) 上田晥亮監修:カオス〜新しい科学をつくる,新潮文庫,1991.

3) Thompson and Stewart: Nonlinear Dynamics and Chaos, John Weiley & Sons, 1986.

4) Baker and Gollub: Chaotic Dynamics, Cambridge University Press, 1990.

5) 青木伸一・椹木 亨・M. Isaacson:非線形係留浮体の長周期動揺とカオス的挙動に関する数値的検討,海岸工学論文集,第39巻,pp.791-795, 1992.