序文 (磯部雅彦,平成20年10月)


海岸工学論文集第55巻を予定通りに発刊することができる運びになった.この分野における最先端の知見をとりまとめ,論文を投稿してくださった諸氏にまずは心からお礼申し上げたい.お陰様で,海岸工学論文集はこの分野での最高水準の論文集であり続けている.これを支えるために,電子化などの編集プロセスの改革期にあたって毎日のように様々に生じる問題を解決するための労力を惜しまず,ここまでに仕上げてくださった論文集編集小委員会の委員諸氏や事務職員の方々にも,ここに深く敬意を表したい.この巻の研究成果をもとに,11月12-14日に第55回海岸工学講演会が富山市の富山国際会議場で開催される運びとなっている.富山市での開催は初であり,講演会の開催に際しては,地元の金沢大学,金沢工業大学,国土交通省北陸地方整備局,富山県,富山市を始めとして,多くの方々のご尽力をいただいている.心強い限りであり,感謝に堪えないところである.このように多くの皆様のご協力により,海岸工学委員会は海岸工学論文集を発刊し,講演会を開催しているが,これは「学術文化の進展と社会の発展に寄与する」という土木学会の目的に対して直接的に大きく貢献するものである.

今年度は389編の論文が投稿され,そのうち76%,294編の論文が採択されて,発表される.近年,国内外を通じて津波や高潮災害が著しくなるとともに,海岸侵食問題も厳しさを増しながら,環境保全に対する社会的関心も強くなっている.また,それらが地球温暖化による海面上昇などによって深刻化するという状況を反映し,研究活動は極めて盛んであり,論文集には幅広い研究成果が掲載されている.さらに,昨年の国会で可決・成立し,施行された海洋基本法のもとで,今年3月には海洋基本計画が策定されたが,そこでも海洋の安全や沿岸域の総合的管理は太い柱となっている.私たちはこのような社会の要請に今後も応えていかなければならない.

海岸工学講演会の第1回は1954年に開催された.初期の頃は,1953年の13号台風,1959年の伊勢湾台風,1960年のチリ地震津波を始めとして,海岸災害からの防護に対する緊急的な要請が極めて高く,海岸工学分野を挙げて著しい勢いでその要請に応えてきた.現在,全国約35,000kmの海岸線のうち,約10,000kmの海岸に何らかの海岸保全施設が整備されている.しかし,要保全海岸に対する整備率はいまだに約2/3であり,今後はさらに質の高い保全も必要となる.と言いながら,海岸保全施設の供用期間を概ね50年とすれば,現状を維持するだけで毎年200kmの海岸保全施設を補修・更新していかなければならない.これだけでも現在の事業規模からは実現が危ぶまれ,いずれは施設が劣化し,防護水準が低下する可能性が高い.その上,海面上昇に対する対応や,安全性のさらなる向上が求められているのである.私たちは,一方で,新たな研究成果を挙げ続け,技術革新を進めることによって,この問題を解決しなければならないが,他方で,安全に対する社会の資源配分の水準のあり方についても情報発信が必要な時期にきている.